気を付けたいこと

どうも。さむわん。です

 

 誰も見てないのにしばらくさぼってました。いやこれ日記みたいなもんなんでそれはそれでいいんですが。

毎回投稿が朝方だったり夜中なのは察してください。ただの凡骨ゲーマーです。

 

 話をタイトルに戻しましょう。気を付けたい、というかただの体験談です。

とある先輩が、僕にちょっとした講義を開いてくれることになりまして。一応先輩のご厚意だったらしく要は先輩が主体で始めてくれて。

それはありがたかったのですが、少しもやっとすることがありまして。

その先輩、「あー、それはね、適当にやってればできるよ」「それはノリで」と、どうにもいらない感想ばかりされてて、こっちが聞いても大して答える気もなさそうにされるんです。

先輩自身は実際その分野に関してはとても造詣が深く、その「適当」な感覚で上達されたのだと思うのですが、「教える」というのは自分を押し付けるものではないんじゃないかなぁと。

あげく講義が一通り終わった後、先輩がどれだけ頑張ったかなどを延々聞かされて、こっちの反応お構いなしで「お前は出来が悪い」などとおっしゃってました。

 

 その先輩を否定するつもりも、そういう教育法がある事実を否定するつもりもありません。僕は恩師に「教える人間が80人いれば80通りの教え方がある」と教わったのでそれを信じます。

ただ、80人の教え方全部が納得できるわけではないなーなんて、教育者を目指してもない一大学生の僕は思うわけで。

今回は僕の主観で先輩を少し悪く表しました。僕はこの教育は「良くない」と思ったからです。もちろんメリットもあるかもしれないので否定できないわけですが。

 

 気を付けたいのは、少なくとも会話する相手がどう思っているかくらいは考えられようにしたい。ってところでしょうか。

一応アルバイトの身ではありますが塾講師をしているので、教育の現場に片足踏み入れてる身として、少なくとも自分の教え子には先生の勝手で振り回されてほしくないし、教えている以上勉強することの楽しさ、その片鱗に触れられるよう最大限の努力を惜しまないつもりですが、あくまで主体は生徒さんにあります。その生徒さんの目標が優先第一です。どれだけ生徒さんの目標のお手伝いができるか、それがそのまま「教える」ことの上手さに直結するなぁ。なんて思う今日この頃です。

 

 しばらく僕は塾講師でいるつもりですが、そういう意味で僕も大変に日々勉強させてもらってるなって。

 

 割と深夜テンションで書いてるので、ちょっと愚痴が混ざっています。稚拙な感情に文章構成で申し訳ないです。

 

ではでは。

さむわん。でした。

ネット上でも日常でも。

どうも。さむわん。です。

課題の休憩がてら今日の分を書いておきます。

 

僕はとても影響されやすい質で、いろんなものに影響を受けて育ちました。といっても、ほとんどがアニメとかサブカルなものですが。

そのなかでも感銘を受けたものをせっかくなので紹介させてください。

橙乃ままれさんという方が書かれた、ログ・ホライズンという小説が僕は好きで、アニメから入ったのですが、他にも「まおゆう」とか素敵な作品を書かれてて…えっと、詳しくは各自で調べてみてください。きっと良い出会いになると思います。

脱線しました。戻します。

ログ・ホライズンの主人公、シロエと交友の深いにゃん太班長が、かつてともに所属していたギルド(のようなもの)について話す場面で

 

あの場所が居心地よかったのは、誰もが居心地よくしようとしていたから

 

という旨のセリフを言うんです。(詳しく覚えてませんごめんなさい…)

ああ。本当にその通りだなと、心の底から感動したのを今でも覚えています。

そうそう環境って変わりませんからね。自分の意識から変えるのが一番手っ取り早いと個人的には思います。また、仮に最初から居心地よい場所だとしたら、それは自分がそこに行く前から、皆が居心地よくしようとしていた結果の産物であるからで、もし、今居心地が悪いところはきっと自分か誰かが大切にできていない部分があるからだ、と、当時物思いにふけったものです。

ネット上は匿名性などの理由で、特に誹謗中傷や荒れることが多いですよね。でも火種をたどると、見方によっては騒がれるほどのことをしでかしたわけでもない、なんていうのをよく見ます。

また、どれだけ暴言を吐こうがそれで仲良くやっている界隈も確かにあります(周りから見たらハラハラものですが)。その界隈にとって居心地よいのならそれで正解なのでしょう。きっと。

炎上も何も、この時代にSNSなどを使いこなせている時点で、誰もが最低限必要なネットリテラシーは持っていると思うんです(例外もあることは否定しませんが)。知識を持ったうえで皆の気分を害するような幼稚な真似をするのは、いささか文化人とは言えないなぁ。なんて。

 

ネットでも日常の一幕でも、思い当たる節がおありでしたら、にゃん太班長の言葉を思い出してみるのも、上手な生き方の一助になるんじゃないかと。

若造が過ぎたことをぬかしました。4コマ漫画を読んでるくらいのつもりでお読みくださいね。

 

SNSのお話もしたので、こんな締め方で。

長文、失礼しました。

僕がまだ誰かになる前に。

おはようございます。さむわん。と名乗らせていただきます。

人気の出なさそうなこんな記事に目を止めて頂き、本当、ありがとうございます。

当ブログは、なんでもない理系学生が、日々の中で思ったことを書いてみたり、頭の中にある構想をメモ書いていくついでに、理系の弱点、文章を書く練習をする。

そして、誰かになる。

なんて、かっこつけてみようっていうていでやっていこうと思っています。

タイトルは某文春新書さんから出てる本より。あまり名前出しちゃうと後が怖いのでいいませんが。

 

少し自己紹介をしておきます。

現在大学1年、一応小5から高校3年まで運動部に所属していましたが、極度のインドア派でアニメ、ゲーム大好きな人間。最近はスプラ2にどっぷりです。S+に行くまでは頑張りました。モンハンワールドに浮気したいですがPS4持ってません…

このくらいでしょうか。オタクだと思ってもらえれば結構です。

 

人は、「誰か」になります。それは政治家だろうが、芸能人だろうが、サラリーマンだろうが。皆等しく。平等に。

そんな事実をなあなあに受け止め、なんとなく成長し、そして将来「誰か」になる自分を、このブログを、暇な時に思い出してみて頂ければ、至極の極みにございます。

少しは、興味深い内容になるよう、努力いたしますので。